シャールスタイン・田中
大学を出てから五年間真面目に勤めてきた会社を辞めたのはつい一週間前のことだ。数百万円あった借金も返済し終わったし、かねてから計画していたアフリカ旅行をするだけの金もできたので、これ以上会社勤めをしている意味もなくなったのだ。それでこの春の人事で主任に昇格、という辞令を受け取る場で退職届を突き出してやった。
淡々とひとりでデスクの周りの私物を片付ける。幸か不幸か、会社に特に親しくしている同僚はいなかった。送別会などという気のきいたものを催してくれるお節介もいないようだ。正直なところ少しほっとした。
郊外にある下宿も引き払い、持ち物のほとんどを現金に替え、何枚かの服やなんかを旅行鞄につめ、パスポートを持ってアフリカに旅立った。
なぜアフリカなのか。ぼく自身にもよく分からない。ひょっとしたらアマゾンでもよかったのかも知れないが、あの辺にはピラーニャという肉食魚がいて、うっかり水浴びでもしようものならたちどころに喰われてしまう、という話を聞いたことがあったのでアフリカにしたのだ。それにずっと頭の中で描いていた光景、赤茶色の乾いた土に照りつけるするどい日ざし、ちょっと悲しく青い空に流れる白い雲、そんな中を通ってゆくみどり色の水をたたえた川、それらはアフリカにしかないような気がしたのだ。
ここへ来てすぐに自分の考えが間違っていなかったことを確信した。それどころか、目の前にある景色が長い間想像していたものとあまりにそっくりなので気味が悪くなった程だ。
とにかく何だか嬉しくて、着くや否や現地の人に交渉して船を一つ譲ってもらった。ひどいぼろ舟の割に高い値段を吹っ掛けられたが、面倒になったので言う通りの金額にちょっと上乗せして払ってやった。そいつは驚いてぜひガイドもしてあげよう、と言いだしたが、それをきっぱりと断り、独りでこの川を遡ってきたのだ。