シャールスタイン・田中
これはどうにも面倒なことになるぞ、と咄嗟に思った。今までの経験上、花火大会をすっぽかすだけでは済まないないことは予想がついた。例えば・・・
と、あいつが部屋からはい出してきた。しばらくぼんやりと部屋の中を見回した後、キッチンの床に寝そべっていたが、ぴょんと跳ね起きると電話の方へ行き、ダイヤルを回し始めた。てっきり花火大会の約束を断るのかと思ったのだが、別の女の子に電話をかけ、夕食に誘っているようだった。「それでは20分したら迎えに行きますので」という事務的な口調が聞こえた。
そのまま出かけて食事に行くのかと思えば、あいつは再び自分の部屋に戻り、布団に入り直してしまった。そして30分が過ぎ、40分が過ぎ、というところで電話がじゃんじゃん鳴り始めた。たぶん花火大会をすっぽかされた女の子と、さっき食事に誘った女の子が代わる代わる電話をかけているのだろう。
電話に出るといろいろ面倒なことになるのであいつを起こしに行く。「おい、さっきからおまえ宛の電話が気狂いみたいに鳴ってるぞ。どうにかしてくれ」しかし「オレに電話だって?人が寝てるってのに邪魔するようなヤツなんか知らんよ」と全く取り合わない。
仕方がないので受話器をとると「何やってんのよ、もう始まってるのよ」と、これは花火の方らしい。「ええ、すいません、今あいつは布団に入って寝てまして」「ワケ分かんないこと言わないでよ。とにかくもう間に合わないわ。まったく、あんたっていつも」と不意に電話が切れた。小銭が足りなかったのだろう。
しばらく電話も静かになったのでほっとしながらポール・ブレイのレコードを聴いていると、今度はチャイムがせわしなく鳴り、誰かが家に来たようだ。たぶん後から食事に誘った女の子の方だろう。彼女はわりと近所に住んでるのだ。きっとしびれを切らせてやってきたのに違いない。
ドアを開けると目の前にその彼女が立っていた。「随分と長い20分だわね。ここでは時間が引き延ばされて空間が縮められているのかしら?」やれやれ、大学で理論物理学をかじっている女の冗談はこんな具合なのだ。「いや、相手が違うよ。あいつは今、そこの寝室で毛布にくるまって・・・」「そんなつまらない言い訳は止して頂戴。聞き飽きたわ」そう言うとずかずかと家の中に入ってきた。
彼女は真直ぐにあいつの寝室の方へ向かった。仕方なくその後に続くと部屋の入り口で彼女は立ち止まり、こちらをキッと振り返った。「どの部屋にいるってのよ」部屋は真っ暗だった。手探りで電灯のスイッチをつけ、部屋の真ん中で布団にくるまっているあいつに「おい、起きろよ」と声をかけた。
だけどそこにはくしゃくしゃになった毛布がだらしなく転がっているだけだ。肩越しに彼女が覗き込み、「さあ、どの毛布にくるまっているのが彼だって言うの?さあ」
まあいい。この際オレがあいつだということにしてしまった方が都合がいい。「さあな」
オレは素早く彼女の後ろに回ると背中でドアを閉め、部屋の灯りを消した。天窓から月明かりが差し込み、彼女の顔を照らした。その顔はちょっと意味ありげに笑っているようだった。