シャールスタイン・田中
田中:今日はこの4月で創刊一周年を迎える『週刊浮遊生活』編集長、只野望さんにお越し頂いています。よろしくお願いします。
只野:はぁ、どうも。
田中:そういえば只野さんは以前『マンスリー根無し草』の編集長もやってましたね。あの雑誌、ぼくは好きだったんですけどすぐになくなってしまいましたねぇ。
只野:いや、あれはホントに失敗作でした。「根無し草」というのはいわばアイデンティティーを喪失した現代の不安な個人、そういった人たちを指しているんですが、どうも「根無し草」な人たちには自分が「根無し草」だという自覚がないようで、さっぱり発行部数も伸びませんでした。おまけに「なんとか学術振興会」とかいう団体から「草というのは種子植物であるので根がないことはありえない、よって根無し草という名称は極めて科学的に不正確である」という得体の知れないクレームがつきましてな。あえなく3号で廃刊となりました。
田中:で、今度の『週刊浮遊生活』ですが、これはどういう雑誌なんです?
只野:えぇ、前回の失敗から学んだことは「注力するターゲットを明確に設定する」ということです。そこでこの『週刊浮遊生活』では浮遊生活を送っている生物、つまりプランクトンですな、これにコミットメントすることに決めました。サブタイトルにもあるように「漂泊者のための生活情報誌」という位置付けです。
田中:えぇと、よく分からないんですが、そのプランクトンというのはつまりどういう人たちを指す訳ですか?やはりその「根無し草」のような・・・
只野:いえいえ、比喩なんかではなくて、文字どおりのプランクトンです。
田中:???
只野:7割だか8割だか忘れましたが、とにかく地球のほとんどが海なわけでしょう、そこに棲む生物のなかで最も多いのは浮遊生活をしている奴らですよ。それにエビだとかカニだとか、生まれて間もない頃だけ浮遊生活をするのも含めたら大変な数になります。この莫大な市場に雑誌業界ではまだ誰も手をつけていない。それでこの市場にターゲットを絞った雑誌をつくることを思いついた訳です。
田中:はぁ。で、この雑誌の販売形態というのはどうなっているんですか?相手がプランクトンじゃどこかの本屋に置く、というのでは無理でしょうし。
只野:そこですよ、結局いままで誰もこの市場に手をつけてこなかったのは。これはちょっと普通考えられるような「販売」というのとだいぶ趣が違いますな。
田中:というと?
只野:いってみれば基本的に代金は後払いです。まず、雑誌をうまく海流で拡散するように流します。このうちおよそ43%が読者の元に届き、読まれていることがこれまでの調査の結果分かっています。その代金に見合う金額分だけ、読者やその成長したものを優先的に採ってよいことになっています。まあ、一番金になるのはイセエビなんかですね。
田中:つまり、結局のところ只野さんは漁業で暮らしを立てている、ってことですか?だったら始めから素直に漁師になればいいのに。
只野:いやいや、日本には「漁業権」という面倒な制度があって、簡単に漁師にはなれないんですよ。それにあくまで私の場合、雑誌の代金を現物で払ってもらうという形ですから。
田中:そうなると漁業権制度との折り合いが大変でしょうな、何か問題はないんですか?
只野:それがですね、最近水産庁辺りがうちの雑誌の販売形態に文句をつけ始めましてね、漁業法違反のかどで私に逮捕状が出ているらしいんですな、これが。(つづく)