シャールスタイン・田中
喉が渇いた。終業のチャイムを待ってオレは化学実験室の方へ向かった。水を飲むにはもっと都合のよいところがありそうなものだが、何となく成り行きでそうなってしまったのだ。
化学実験室には5個ぐらいずつ蛇口のついている白い陶製の流しがいくつもあるのだが、何かの実験中らしく、透明なプラスチック製のびんにうすい小豆色をした物質が入れられて置いてある。オレは水を飲みたい一心で不注意にもそれらの中に水を注ぎ込んでしまったり、中身をこぼしてしまったりした。
ついでに言うとその中身の薄い小豆色をした物質だが、その色からしてアセトアルデヒドだと分った。そしてデヒドロゲナーゼについての実験をしているということも同時に明らかだった。(しかしこれは生物の実験の筈なのになぜ化学の教室でやっているのだろう?)
白衣を着た竹内先生は無表情に下を向いている。竹内先生はオレの高2の時の担任だが、未だにオレの名前を憶えてくれない。首尾よく水が飲めないようだと察したオレはそこを立ち去ろうとした。実験を台無しにしてしまったので少し後ろめたくもあったが、それに追い討ちをかけるように女学生のこんな会話が聞こえてきた。「あの人、30日にもいたわね」そう、オレは30日にも同じように何かの実験を台無しにしてしまったのだ。ただ、オレがその場に居あわせたことが立証されたからといって、実験を台無しにした犯人がオレだということは断定できない筈だ、と考えその教室を後にした。
(ここでオレはあまりの喉の渇きに耐えられなくなり目を覚ました。そして階下へ降りると続けざまに「せいきょうトマトジュース」を2本飲み干した。それでも喉の渇きはおさまらず、さらに悪いことにはまだ大分アルコールが残っている様だった。)
そして次にオレは殺人現場を目撃する羽目になり、そのトリックのため共犯になってしまったのだった。ただし実行犯2人の他、オレと同じように共犯に仕立て上げられた人たちが合わせて10人程はいるようだった。
博物館の1室のようなところに祖母の女学校の卒業名簿があった。祖母の名前を探そうとしたが、どういう訳かそこには卒業生の名前がなく、代りに在校生の名前が載っていた。ねずみ色のスーツを着た女性係員にそれはおかしいと抗議したのだが、何だかもっともらしいが全く意味の分らない説明をされてオレは引き下がるしかなかった。そこで少し考えてみると、祖母は女学校に入るのに1年浪人した筈だから、卒業生の方にではなく、在校生の「3年」の項に名前があるということにオレは気付いた。しかし間抜けなことに旧姓の「梅谷」でなく結婚後の姓「古田」で探してしまったので、やはり祖母の名前は見つからなかった。