シャールスタイン・田中
茹でたチョコレートを肴に大黒柱を飲んでいると隣の耳鳴山が顔を出した。「しかしねぇ、兄さん。こいつぁどんなもんかね。」いつだってこの男はそうだ。何が気に入らないのか知らないが、何を見ても「どんなもんかね」と言ってみせる。そんな態度がいちいち私の勘に障った。
いつもならそのまま聞き流すことにしているのだが、その日に限って私は虫の居所が良かった所為か、あるいは特別悪かった所為かも知れないが、つい聞き返してしまったのだ。
奴はここぞとばかりにまくし立てた。なぁに、あっしは先刻百も承知の二百も御存じってワケなんだが、斜向いの旦那はああ見えてもかくかくしかじか。そのうえナニがアレときてるもんで、そりゃぁもう、いや、でもね、これがまた
放っておくとそのまま3時間は得意満面で話し続けると思われたので、やむなく「どうですか1杯ぐらい、奥さんに見つかんなきゃ大丈夫でしょう」と杯を差し出した。
いまでも私はあの時のことを後悔している。気まぐれに耳鳴山の世話話にかまける気になったりしなければ、そして奴に大黒柱を飲ませたりしなければ。いや、もう止そう。すでに起ってしまったことは取り返しがつかない。
もちろん、私だけに原因があった訳ではない。夕方の5時きっかりに電話のベルが鳴り、あの残酷な事実が私の耳に入れられることがなかったのなら。そう、それさえなければあの晩、耳鳴山がやってくることが分かっていながらチョコレートを茹でたりはしなかった筈だ。そしてそれに続く一連の悲劇も起らずに済んでいたのだろう。
すべての出来事は偶然の連続だ。自分に都合の悪い偶然をことさら強調して、そこにあたかも悪意の必然があったかのように主張するのは卑怯なやり口だ。結局、そんなことを言う奴は自分に責任を持ちたくないだけなのだ。
でも、それだけで現在のこの状況を納得できるほど強靱な精神力を持っている私ではない。だからこそこうして今、再び電話の受話器を取り上げ、チョコレートの茹で具合を確かめているのに違いない。それともこれはもっと別のもの、例えば絶望のようなものなのだろうか。
夕陽が消えつつある。