Chet Baker


Oct.1

 今回はChet Baker(以下チェット)について。チェットについて知らない人のために簡単に紹介すると、彼は1929年の生まれ。1952年に西海岸にやってきたチャーリー・パーカーと共演した。その後、ジェリー・マリガンと組んでピアノレスカルテットで一躍有名になり、また、自身のグループでも活動し、中性的な独特のボーカルも披露して人気を得た。その一方で麻薬癖のせいで何回か警察に捕まったりし、さらにはギャングに借金のカタに前歯を全部抜かれる羽目になり、その後しばらく音楽活動を停止した。しかし、1973年には奇跡的に復活、ヨーロッパを中心に活動し、多くのアルバムを吹き込んだ。1988年に滞在先のアムステルダムのホテルの2階の部屋から転落し59歳で生涯を閉じた。
 チェットを知るためにぜひ聴いておきたいアルバムを録音年順に並べてみよう。まずは「CHET BAKER SINGS」(Pacific Jazz)。はじめてボーカルを吹き込んだアルバム。この独特のボソボソ歌う歌唱法がブラジルのミュージシャンに影響を与え、ボサノバのルーツになったことは有名だ。なお、このアルバムには後からギターパートをオーバーダビングしたバージョンもあるのだが、ぜひこちらのオリジナル録音の方をお勧めする。
 この頃の録音で、初期のチェットの好演を収めているのが「QUARTET/RUSS FREEMAN and CHET BAKER」(Pacific Jazz)。ラス・フリーマンとのカルテットによる録音でフリーマンのオリジナル曲が中心だが、全編に渡ってチェットは切れのある演奏をみせる。この時期のチェットのラッパはとにかくカラッと明るい。
 その後ニューヨークで東海岸のジャズメンたちと共演した「CHET BAKER IN NEW YORK」(Riverside)ではなかなかハードバップな演奏が聴ける。ピアノのアル・ヘイグが参加しているのもなかなかレアだ。この時期のチェットの演奏はマイルス・デイビスの影響を特に強く受けており、このアルバムの中でもマイルスの"Solar"を取り上げている。また、"When Lights Are Low"では笑ってしまうくらいマイルスそっくりのフレーズを吹いていたりしてなかなか楽しめる。
 次に件の歯を抜かれた事件からの復帰後の「ONCE UPON A SUMMERTIME」(Galaxy)では、とても前歯がないとは思えないほどパワフルだ。タイトル曲のバラードではチェットならではのしっとりとしたプレイも冴える。晩年によく共演することになるH.ダンコ(ピアノ)も参加している。ベースはロン・カーターだ。
 この後、ヨーロッパのレーベルを中心にとにかく凄まじい数のアルバムを吹き込んで乱作気味なのだが、「THIS IS ALWAYS」(SteepleChase)はギターのダグ・レイニー、ベースのニールス・ペデルセンとのトリオという変則的な構成が成功してとてもいい仕上がりになっている。このメンバーで他に3枚の吹き込みがある。
 チェット晩年の代表作が「LOVE SONG」(BAYSTATE)だ。7曲中5曲でボーカルを披露している。円熟したトランペットの光る"Round Midnight"はなかなかカッコイイ。個人的にはこの曲の代表的名演として挙げたいところだ。
 さて、この他にもいろいろいいアルバムがあるのだが、これは別の機会に紹介するとして、今回はチェットの何がいいのか、というようなことを書いてみる。
 チェットの評価はいろいろ分かれるのだが、その代表として「チェットのトランペットは忘れ去られてもあのボーカルは後々まで人々の記憶に残るだろう」というもの、一方でそれとは対照的に「チェットはあのボーカルのせいで身を持ち崩した」というもの。
 どうもこれはどちらとも正しい評価とは言えないように思う。もちろん、ある意味でそれはかなり的を得た表現でもある。チェットのボーカルは全くユニークで、先に記したようにボサノバのルーツにさえなったくらい各方面に大きな影響をもたらしたものであった。その一方でチェットのトランペットはそれ自体やはりユニークで、素晴らしいものだったのには違いないのだが、ボーカルが一躍有名になったせいで不当に低く評価される羽目になった。このことを指して「身を持ち崩した」と言われるのである。
 ということで、チェットを知るにはラッパとボーカル、その両方を聴くことが必要なのだろう。チェットのカッコイイところは、簡単な曲も難しい曲もかわりなく何でもないようにさらっと演奏することだ。マイルスだとこうは行かない。何でもない曲でも何か凄いことをやってるんだぞ、というようにしか演奏できない(それはちょっと言い過ぎか)。
 とにかくチェットの演奏は実に肩に力が入っていないというか、とても自然である。チェット自身も「自分自身のジャズを演奏するだけだ」というようなことを言っている。そういった意味でチェットのラッパもボーカルも、彼のジャズを表現するためのものとして全く同等なのだ。
 チェットはヨーロッパの中を転々としながら演奏活動を続けた。そのため彼の所持品はヨーロッパ各地に散り散りになっていたそうである。そしてチェットは、この世にはトランペットのケースとパスポート以外の持ち物はない、といった装いで旅をしていたのだ。チェットの演奏にはそんな漂泊者としての身軽さや、寂しさのようなものも感じられる。
 と、まぁ色々思い付くままに書いてはみたのだが、とにかく一度聴いてみて欲しい。きっとあなたもチェットの痺れるような美意識の魅力の虜になってしまうに違いない。


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