Bill Evans


Apr.9,2000

 何かの拍子に突然ビル・エバンスが聴きたくなることがある。それは大抵疲れている時だ。じゃぁビル・エバンスを聴くと疲れがとれるのか、というとそんなことは全然ない。ただ、疲れている時にコルトレーンやマイルスを聴く、というのはいかにも苦痛そうだし、かといってチェット・ベイカーでは眠くなる。ごりごりの黒いノリのボビー・ティモンズという気分でもないし、いきなりアルバート・アイラーでラリってしまうには体力不足。そんなあなたにお勧めなのがビル・エバンスなのだ。ええ、例によって根拠は全くないです。ああ、ないですとも。
 さて。ビル・エバンスという名前は一度くらい耳にしたことはあるだろう。ピアノ弾きだ。有名なのは『Waltz for Debby』というアルバムであるが、これはこれでなかなか良いのだが、敢えてこの同じライブを録音した『Sunday at the Village Vanguard』(1961)を紹介したい。
 なにしろしょっぱなからラファロのオリジナル曲「Gloria' Step」だ。3人の絶妙なコンビネーションが聴ける。選曲も実に渋い。以下順に書き連ねると「My Man's Gone Now」「Solar」「Alice in Wonderland」「All of You」「Jade Visions」といった具合だ。何てったってディズニーナンバーから「いつか王子様が」とか「星に願いを」を持ってこないで「不思議の国のアリス」であるところが渋い。まぁ他のアルバムでは「いつか王子様が」弾いてるんだけど。
 これはベースにスコット・ラファロ、ドラムスにポール・モティアンというメンバーのトリオで、ほとんど伝説的に凄いトリオ、ということになっているのだが、聴けば聴くほど確かに凄い。そしてさらにベースのスコット・ラファロがこのライブのしばらく後に自動車事故で死んでしまい、このトリオでの録音というのはこのライブ以外にはたった2枚のスタジオ録音のアルバムがあるに過ぎない。そんなこともこのトリオの伝説を強化している。
 と、紹介してみたものの、疲れた時に聴きたくなるのはこのトリオではない。むしろ、この最高のトリオを失った後のビル・エバンスの紆余曲折を聴きたくなる。
 ビル・エバンスにとってスコット・ラファロの死は相当ショックだったらしく、その後しばらく全く演奏活動をしなかった。しかしいつまでもそうはしていられない。手始めにドラムスのポール・モティアンは据え置いてスコット・ラファロ風といわれているベーシスト、チャック・イスラエルをトリオに迎える。それが『Moonbeams』『How My Heart Sings』(1962)という2枚のアルバムだ。
 確かに演奏自体の出来は悪くない。何度かビリリとくるような瞬間もみられる。しかし、チャックは所詮「スコット・ラファロ風」でしかない。そしてドラムのモティアンもこの組み合わせではちょっとずれはじめている。2度と同じトリオはつくれないのだ。
 それからビル・エバンスの共演者を求める果てしない旅が始まる。ホーンとギターを入れて『Interplay』(1962)というアルバムをつくってみたりする。でも人選をちょっと間違えた。トランペットのフレディ・ハバードなんて入れちゃった。ギターのジム・ホールは音楽的に共感すべきところがあったのか、デュオのアルバム『Undecurrent』(1962)を録音している。これはなかなか好感触だったようで、後にも『Intermodulation』(だったと思う、資料なし)というのを出すことになる。
 しかし、なかなかいいトリオができない。しかしとうとうビル・エバンスはベースのエディー・ゴメスと出会う。この二人の息はなかなか合っていたが、どうした訳か(よっぽどその頃世の中にドラマーが不足していたのだろうか)マーティー・モレルというドラマーを迎えてレギュラーグループをつくる。
 このメンバーでいくつか録音があるが、『Since We Met』(1974)はこのトリオでの最高の演奏の一つだろう。しかし、マーティー・モレルがどうにもよくない。名前の所為じゃないだろうが変に音がこぼれるし、ひとりで別の曲を叩いてるんじゃ?などという疑念さえ頭に浮かんでしまう。あるジャズ批評家の言によれば「バケツの底を叩いてるような」ドラムだ。とは言え、ある瞬間には非常にジャストミートである。トリオが完全に一体となって突き進んでいると思える瞬間がある。例えば「Turn Out the Stars」のある部分などは申し分ない。
 まぁビル・エバンス自身もマーティー・モレルにはほとほと懲りたらしく(ちなみにこの少し前にビル・エバンスはモントルー・ジャズ祭のアルバム『at the Montreux Jazz Festival』(1968)でオスカーを受賞するが、その時のドラマーはジャック・デジョネットである)、ベースのエディー・ゴメスとデュオのアルバムをつくる。『Intuition』(1974)、『Montreux III』(1975)というのがそれだ。ここでビル・エバンスとエディ・ゴメスのコンビは最高潮を迎え、そしてそれは解消される。
 この後、ビル・エバンスは新たなトリオをつくり、それは自身でも「スコットとモティアンのトリオの上をゆくすごいトリオだ」と評していたものであったのだが、それはまた別の機会に取り上げよう。


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